歌手としての道を歩む前、私は長年スペイン語の医療通訳に携わっていました。医師間の通訳を難なくこなすために医学部に入り直すことも考えた時期がありました。
受験を考えていた頃、知り合いを通して小児科の女医さんから医学資料の翻訳を依頼されました。一本目は、あるスペイン語圏の保健省のプライマリケアに関する政策で、二本目はLancet(世界五大医学雑誌の1つ)のプライマリケアに関する英語論文の翻訳でした。いずれも3桁ページ数の大作だったので鮮明に記憶に残っています。
クライアントだった先生と仲良くなり一緒に食事をした時に、医学部に入って専門的な勉強をしたいと思っている、と心中を話しました。するとずばりこう言われました。「もし通訳の域を超えないなら、医師は通訳さんにそこまで求めていないからその必要はないと思うわ」
ハンマーで一撃を喰らったような心境でした。同時に、自分に課せられた役割は医学部に入って専門性を磨くことではなく、今目の前にいる患者さんに寄り添うことだと、気付かされました。おかげで進路の迷いを断ち切り、通訳翻訳技術を磨く事に専念するようシフトしました。
現在も、リンパ管腫という希少疾患の患者さん支援のみに限定して活動の一環で医療通訳翻訳を行っています。
音楽は通訳と全く異なる分野のようで実は共通点があって、自分の役割は全く同じところにあると感じています。話者や曲の作り手の意図を自分なりに解釈し伝えること、そして聴いてくださるかたの心に寄り添うことです。
私はライブの時はいつも、聴いてくださるかたのお母さんになって子守唄を歌っているような気持ちで演奏しています。
先日のライブで、「包み込まれているような感じがする」という感想をいただきました。想いが伝わったような気がしてとても嬉しかったです。
通訳の時も、患者さんが何を不安に感じているかを察し寄り添うよう心がけてきました。
自分に課せられた、自分にしかできないことをやっていきたいです。