生きていたら、79歳
- MIDORi
- 2022年6月10日
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今日6月10日は亡母の誕生日。 昔の田舎アルアルで、実際生まれた日はもう少し前だったみたいだけど^^; 先月から少しずつ紙の写真の整理を始めて、母との写真が目に留まった。 歳をとるごとに、母に似てきているなーと思う。 小さい頃は父に瓜二つと言われてきたけれど。 人間の顔は変わっていくものね。

娘が生まれて3か月後に、初めて子連れで帰省した時の写真。 もっと、3世代の写真を撮っておきたかったな。 いつでも撮れると思っていたら、いなくなってしまった。 1か月間実家でのんびり過ごして、里帰り時間を満喫するはず、だった。
帰って早々父が肺水腫で倒れて入院した。
一週間後に退院したものの、しばらくして今度は脳梗塞で入院した。
とてものんびりする余裕などなかった。
母は病院との往復で看病疲れがたまっていった。
この3か月後に祖母が他界し、父は5年後、母は6年後に亡くなった。
孫との楽しい時間を過ごしてもらう余裕はなかった。
母は22歳で嫁いでからというもの、ほぼ毎週末田舎に帰り、嫁のつとめを果たしてきた。
私は物心ついた時から、なぜ母だけが台所に立ち続けなければならないのか、疑問に感じていた。
寒い冬は、凍てつくような台所で母が倒れてしまうのではないかと心配になり、ちょこちょこ台所に様子を見に行っていた。
そんな時母は、「寒いけえ、こたつの部屋におりんちゃい」と優しく言ってくれた。
愛情一杯に育てられた。
母は、山奥の田舎に嫁いだことを親戚から随分同情されたようで、それが悔やしかったのだろう、「いつか田舎を大きくしたい」と、よく言っていた。 羨ましがられるような場所にしたかったのだと思う。 父が亡くなった後も、母は田舎によく帰っていた。 「お嫁さんだけになって、あの家はダメになった」と言われたくなかったらしい。 人一倍プライドの高い人だった。 プライドが、母を強くしたのかもしれない。 同時に、無意識のうちに段々と田舎に愛着を感じていったのではないかと思う。 父と母は、田舎のことを私たち娘世代には何一つ押し付けようとせず、自由に羽ばたかせてくれた。 今、自発的に田舎を守りたいと思えるのは、私たちの気持ちを尊重してくれたからだと思う。 親が子どもの進路を勝手に決めることほど、子どもにとって有害なことはない。 父と母の子どもに生まれて、本当に幸せだと感じる。 その精神は、自分の娘にも引き継ぎたい。 今は、田舎の再建のことを考えるのがとても楽しい。 それが今年の母への誕生日プレゼントかな。